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【実在する狂気】不妊治療の闇を描いたNetflixドキュメンタリー『我々の父親』

作品情報

我々の父親(原題:Our Father)

公開 2022年
上映時間 97分
監督 ルーシー・ジュルダン
製作会社 ブラムハウス・プロダクションズ

あらすじ

精子提供により一人っ子として生まれ、きょうだいが欲しいと思いながら育ったジャコバ・バラード。DNA検査キットの普及により、彼女は自分に異母きょうだいがいることを知る。しかし、その数は7人という驚きの数だった。お互いの存在を知ったきょうだいは、自らの家系図を辿るうちに、おぞましい真実を知る。

実は、不妊治療を行った名医クラインが、自らの精子を無断で使用し人口受精していたのだ。さらに、彼女らが調べていくうちに、身の毛もよだつ狂気の実態が明らかに―

感想

本作は、DNA検査キットの普及によって明らかになった、不妊治療と精子提供をめぐるドキュメンタリー映画です。
過剰にドラマチックな演出は無いので、興ざめするようなことはないと思います。

話が進むたび、”ある数字“が増えていく恐怖。
かなり残酷で、常人には理解できないような内容ですが、その分かなり見入ってしまいます。

本作では、最初に事実を突き止めたジャコバ氏のインタビューから始まり、実際のニュース映像や関係者へのインタビュー取材、ドラマ部分もあって追体験してるような感覚にさせられました。そのため、ドキュメンタリーなのに飽きることなく観ることができました。

実話ながら、エグすぎる展開がいくつもあって驚愕しっぱなしでした。
一番衝撃だったのが、クライン医師が妻との間にも子供を設けていることです。この事実を抱えながら生きていく家族も気の毒です。

雑記(※ドキュメンタリーなのでネタバレあり)

真実の解明に貢献した科学

事の発端は、2014年にジャコバ氏が興味本位で行ったDNA検査。当時、DNA検査が普及してきており、彼女は「23andMe」社のDNA検査を行い、自分のきょうだいが7人もいることが判明した。その後、家系図情報を提供するサイト「Ancestry.com」に登録し、家系図を作成した。

DNA検査により、芋づる式に自分のきょうだいが増えていく恐怖は計り知れません。

評判の良かったクライン医師

1970年代から80年代にかけて、インディアナ州インディアナポリス不妊治療の名医として知られていたドナルド・クライン。メディアへの露出や慈善活動にも積極的だった彼の評判を聞き、不妊に悩む多くの女性たちが彼を訪ねた。

クラインは親切で温和な医師だと患者からの評判も高く、また、当時クラインが行なっていた新鮮な精子を使った人工授精は、妊娠の成功率が高かった。

不明な動機

作中では、クラインがなぜこのような凶行に及んだの様々な角度から検証される。遺伝学的実験のためか、カルト宗教への信仰によるものか、はたまた生理的欲求に突き動かされたのか。しかし、そこに明確な答えはない。

きょうだいたちは「クラインが白人至上主義で、白人で青い目をした子どもを増やそうとしていたのではないか」という1つの仮説を立てる。

というのも、クラインは熱心な宗教家で、問い詰められた際にもエレミヤ書の1章5節「私はあなたが体内に宿る前から知っていた」という言葉を引用していた。この文から、彼は自分が何をしたのか自覚していたのだと推測される。

エレミヤ書の1章5節は、「クイバーフル(Quiverfull)」というカルト集団も大切にしている。彼らは、できるだけ多くの子どもを持ち、その子どもたちを政治家に育て上げ、聖書を基準とした法律を作ろうという考えを持っている。”出生主義”とも呼ばれる。

被害者たちは、彼らの考えとクラインの言動、自分達の外見から、クラインがナチス時代のアーリア人を作ろうとしていたのではないかと想像している。

法律の壁

当時、クラインの行為は性犯罪に当てはまらず、訴えることすらできなかった。彼の行動はいわば「疑似レイプ」であり、罪に問うほどの問題ではないと判断された。

クラインは、2016年に2件の虚偽の発言による司法妨害の重罪で起訴され、500ドルの罰金と1年間の保護観察処分を受けた。2017年12月には医師免許を剥奪。しかし、彼の凶行については依然として罪に問われていない

当時、医師の行為を特に禁止する法律は無かった。しかし、被害者である母親と子どもたちの努力により、2019年インディアナ州で、患者の同意なしに自分の精子を用いる不妊治療医に対して初めて刑法が適用された。一方で、アメリカ全土では未だに認められていない。

ホラーの名手が手がけた意義

本作を手掛けたのは『ゲット・アウト』『透明人間』などで知られ、ホラー作品を得意とする製作会社「ブラムハウス・プロダクションズ」。監督のルーシーは今作が映画デビュー作だが、製作にジェイソン・ブラムの名があるように、本作にはブラムハウスの作風が色濃く反映されている。

それは、本作がドキュメンタリーでありながら、物語がホラー調で描かれている点。観た人の多くが「まるでホラー映画のよう」だと感じると思います。

きょうだいが見つかるたびに増えていくカウント、クラインの不気味さを強調するような再現ドラマ、終始漂う薄暗い雰囲気などなど···。視聴者にこの事件のおぞましさを伝えるという点において、この演出は成功していると思います。

一方で、恐怖を追求するあまり、本作の演出に疑問を抱く人もいるかもしれません。クラインを演じるのはキース・ボイルという俳優で、クライン本人に酷似しています。セリフは無いものの、彼の風貌からは威圧感が漂っていました。しかし、被害者を演じるのは被害者自身。演出のためとはいえ、クラインと瓜二つの俳優を対面させる必要があったのか、という疑問もあるでしょう。

しかし、私は本作を製作することには大いに意義があったと思います。まず、本作は被害者の承認を得て製作されています。上述したような問題も被害者たちは熟慮したと思います。それでもなお、本作の製作を了承したのは、Netflixという規模の大きなプラットフォームで配信することによって、真実が拡散されることを望んだからだと思います。

現に、私はこの事件を初めて知りましたし、本作は世界中で話題になりました。日本においてもNetflixの映画視聴数ランキングに食い込みました。注目を浴びづらいドキュメンタリー作品としては異例です。これらの現象だけでも、本作を製作した意義はあったと思います。

氷山の一角に過ぎない

本作のラストは、さらなる爆弾を投下して幕を閉じる。この事件は氷山の一角に過ぎず、数え切れないほどの被害者がいることを示唆する内容で···。

※参考:ヤン・カールバート - Wikipedia